エンドウ
<マメ科エンドウ属>
●主な栽培地
勿来町 遠野町 小川町など
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エンドウの歴史は大変古く、古代ギリシャ、ローマ時代にまでさかのぼります。原産国はエ チオピアから中央アジア、中近東とされていますが、ツタンカーメン王の王陵発掘の際に副葬 品と一緒にエンドウが発見されたという話もあります。この豆は発見者によって持ち帰られ時 代を超えて蘇りました。現在の日本で栽培されている種とは別ですが、エンドウの原種といわ れています。
日本には、遣唐使によって9~10世紀頃中国を経て伝えられました。平安時代の
「倭わみょうるいじゅしょ名類聚抄」には「乃のらまめ良末女」の名で記載があります。本格的な栽培は、江戸時代に入って からで、この時代のエンドウは若いうちに採ってさやのまま食すサヤエンドウのことだったよ うです。
エンドウは秋に種を蒔き、越冬して春から初夏にかけて実ります。ダイズやインゲン、アズ キなどの豆類とは栽培時期がずれており、若莢の内に食すサヤエンドウの類は、唯一春から食 べられる豆であることも大きな特徴です。
サヤエンドウのほかにも完熟して莢の中で丸々と太った豆を食す実エンドウと呼ばれる品種 があり、これらは子実の色で青えんどうと赤えんどうにわけられます。両者、豆ごはんや煮豆、 和菓子の材料としてよく用いられますが、青えんどうの鮮やかな緑色に対し赤えんどうも火を 通すと控えめな赤色を放ちます。
生産の歴史的由来
遠野
小川
勿来
エ ン ド ウ
種実が熟した赤えんどう(勿来町)
53 勿来町で栽培されているエンドウは、春 先に開花する赤紫色の花が何ともかわいら しい赤えんどうの種です。
栽培者は、親御さんから引き継いだこの 豆だけは、毎年欠かすことなく大切に育て てきました。
エンドウは10月下旬に種を蒔き、10
㎝ほどに苗が育ったところで本格的な冬を 迎えます。夏に育つ小豆や大豆とは違い、 比較的冷涼な気候を好む作物ですが、苗丈 が大きくなり過ぎても寒さにあたって枯れ てしまうため、種の蒔き時期の見極めは難 しいところです。
栽培者は、エンドウの苗が無事に春を迎 えられるよう、11月下旬になると苗の北 側に、しの竹を挿して霜よけを施します。 ハウスやビニールトンネルの普及していな かった時代は、しの竹や稲わらなど、身近 にある物を用いて作物を寒さから守ってい ました。
どんなに寒い冬も乗り越えて、赤えんど うは毎年畑で春一番に花をつけます。
勿来町
霜よけに守られて越冬する新芽たち
10月下旬に畑に種をすじ蒔きし、芽が 出たら約20㎝ほど間をとって間引きしま す。1 か月ほどすると苗が10~20㎝ほ どに伸びるので、霜が降りる前に苗の北側 にしの竹を立てて寒さ対策をします。
越冬して3月頃になると苗が再び伸び始 めるので、この時期に支柱を立てます。
蔓が伸び支柱に巻きつきを始めるころ、 土寄せをし、同時に追肥として化成肥料を 少量施します。
5月に入り気温が上昇するに従って、 次々に花が咲き、実(サヤエンドウ)をつ けます。最盛期には一日で食べきれないほ どですが、このサヤエンドウは、多少大き くなり過ぎても、すぐに火が通り莢が軟ら かく食べられます。また、莢が膨らんだと ころで豆を採って、豆ごはんや煮豆にして も食べられます。
栽培方法
エ ン ド ウ
↓霜よけに守られているエンドウの苗
遠野町では、隣り合った2軒のお宅でそ れぞれ赤えんどうを栽培しています。2軒 は親戚同士で、元々はそのうちの1軒にお 住まいだった、たまさんというおばあさん が栽培していたエンドウです。現在は、た まさんのお孫さんにあたる方と、そのお隣 のご夫婦が栽培を継承しています。
栽培地周辺は、畑に小石が多く混じって います。耕して畑にするには大変不便な土 地ですが、石には日中の熱を蓄え地温を保 つ働きもあります。越冬したエンドウが、 春先からぐんぐん生長し、しの竹の支柱で は間に合わないほど大きくなる様子を見る と、石混じりの土地も決して悪いことばか りではないようです。
ご夫婦で継承したお宅では、白ナタ豆の 種採りを終えた畝をそのまま利用して、エ ンドウを栽培しています。連作を嫌うエン ドウですが、在来のエンドウは、これを毎 年繰り返しても、障害なく良い豆が採れま す。
10月下旬~11月上旬に、畑に種を直 蒔きします。年が明けない内に、2回ほど 土寄せをし、その度に追肥を施します。豆 類に過剰な養分は無用ですが、越冬するエ ンドウには少し追肥をするのが良いそうで す。年が明けて、春先に苗が20㎝ほどに 伸びたら支柱を立て畝全体を鳥除けのネッ トで覆います。
5月中旬から花をつけます。花が落ち実 をつける直前、赤紫の花が徐々に色を落と し、青紫に変色する様子が見られます。
採りきれず蔓に残った莢から、膨らんだ 大きめの豆を採り、十分に乾燥させて翌年 の種とします。
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遠野町
一族で継承。おたまさんのえんどう豆
栽培方法
エ ン ド ウ
稲藁と牛ふんを混ぜたものを施した畑 に、11月上旬頃、50㎝に20粒程度の 割合で種をバラ蒔きします。3月中旬に寒 さが緩むと芽が伸びてきます。支柱を立て るとともに、土を寄せ、畝の両側に野菜配 合肥料を施します。
その年の気候にもよりますが、温かさが 続けば5月初旬から花期を迎え、順次、莢 を実らせます。
栽培者は若莢のうちにサヤエンドウとし ても食しますし、実が充実してからは、子 実をとって甘く煮たり、豆ご飯にします。 結実が終わる頃、莢のよく膨らんだもの を選んで乾燥させ翌年の種とします。 一般的にグリーンピースと呼ばれている
豆は、青えんどうの子実です。小川町でこ の青えんどうを栽培している女性は、ご両 親が栽培していた種を継承しました。
栽培者が子どもの時は、今より田植えの 時期がずっと遅く、通常は6月に入ってか らでした。
秋蒔きのエンドウは、稲刈りあとの手の 空いた時に畑に蒔いて、田植え前の忙しく なる前に収穫できる、春先の換金作物とし て重宝していました。
かつての田植えといえば、集落の田を、 そこに住む人々が総出で助け合う共同作業 でした。うちの田んぼが終わったら明日は お隣さんの田んぼという具合に、集落全体 の田植えが終わると「さなぶり」といわれ るお祝いの宴が行われました。
栽培者の家では、このさなぶりの時にえ んどう豆を甘く煮たり、ご飯と一緒に炊い て豆ご飯にしてふるまったといいます。
毎年食べてきたものなので、時節になる と食べたくなる。栽培者の継承の理由は実 に単純ですが、豆を食べることで蘇る思い 出も多々あることが感じ取られる作物で す。
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◆豆ごはん
エンドウの熟した種実を莢から取り出し、塩 少々を加えご飯と一緒に炊き込んだものが豆ごは んです。
赤えんどうは炊いてから時間が経つと、豆の周 りのご飯が、ほのかにピンクに色づきます。美味し いんだけど、子供のお弁当に入れると嫌がられた思 い出があると、栽培者の一人が、懐かしそうに教え て下さいました。
小川町
その時期になると食べたくなる味
栽培方法